ヘタの横好きLife

飽き性だから1つのことを深められない。ヘタなりにいろんなことをやってみる日々の記録。

誰の役にも立たない話をしてみる。

大学生の就職活動が始まっていますね。今年は短期決戦らしいですが、そんな協定守っている企業どんだけあんねん…と思ってしまいます。

今日は雨でヒマなのと、もうすぐ仕事復帰できそうなので、自分の就活と社会人生活を振り返ろうと思います。*こうしてたまに過去を整理したがる癖があります。たぶん誰の何の参考にもなりませんので悪しからず。

 

・就職活動

私が就活をしていたのは10年以上前、氷河期の終わり頃です。就活の開始時期がどんどん早くなっていた頃で、3年生の10月にはエントリーし始めていた記憶があります。

私はもともと、新聞記者を志して大学に進みました。大学では大学のスポーツ新聞を発行する団体に所属。勉強はおろそかでしたが、めちゃくちゃ充実していました。ただ、新聞記者という職業として考えたときに「体力的にもたん」という結論に達し、断念。わりと簡単に諦めたので、今から考えると、そこまでなりたいと思っていなかったのでしょう。

で、アナウンサー試験から始まり、思いつく限りの大手企業にエントリー。どこか入れるだろうし、どこに入ってもなんとかなるとしか考えていない、本当に何も考えていない学生の典型でした。当時はB to BもB to Cもわかってなかったもんね。

でも、学生時代の活動がわりと特殊だったことと、その活動によって人としゃべるのだけは上手くなっていたことで、面接は結構通りました。

3年生の10月から始まり、4年生の5月に内定3つで終了。長いことかかったのは、本当に何も考えていなかったからという他ありません。内定をもらったのは、大手金融機関(総合職)、地元本社の化粧品メーカー、教育関連会社系列の広告代理店。

ここでも深く考えなかった私は、一番大きいという理由で金融機関に入社しました。金融なんて、なんの興味もなかったのに…。

 

・社会人生活

当時「人気企業ランキング」でも常に上位にいた会社だったので、意気揚々と入社しました。同期もいい子ばっかりでした。

が、激務のため心身を壊し1年で退職。今考えると、新人1人採用して教育するのにどれだけのコストかかると思ってんねんと。でもそんなことを考えていたら辞められないですから、そこまで考えの至らなかった自分でよかったです。

辞めた途端、体の不調は一気に治りましたが、「落ちこぼれた」という挫折感というか敗北感というか、以後数年はそういうものに苛まれる日々が続きました。「もういいやん、そんなこと」と思えるようになったのは本当にここ最近のことです。

 

金融機関を3月31日に退職、4月1日に転職したのは広告業界。

最初は派遣で1年働き、クライアントだった会社に声をかけてもらい正社員で転職、そしてさらにやりたいことを突き詰めた結果、今の会社に。就活はあんなに時間がかかったのに、転職活動はまったく無駄な動きをすることなくここまできました。

今の会社は、前職を辞めると決めて転職活動を始めてすぐ、転職サイトの「マッチメール」(自分の経歴や希望に合った企業を紹介してくれるメール)が届き、すぐ応募、すぐ書類通過、すぐ面接2回、すぐ内定。サイトに登録して2週間で転職活動は終わりました。結局、応募したのは今の会社だけ。やりたいことができる会社だったし、働きながらの転職活動を長引かせたくなかったですし。ちょうど年末の転職活動(退職は2月末と決まっていた)で、最終面接で今の上司に「今内定出したら、もう年明けから他の会社の面接とか受けんでええやろ。ウチでやろうや」と言われ、このスピード感いいなと思って決めました。

 

こう振り返ってみると、やっぱり、やりたいことがあるって大事ですね。でも、学生時代によく考えていたとしても、今いる業界を導き出せていたかどうかは正直わかりません。D通とかH報堂はエントリーしていたかもしれませんが、なんにせよ大手しか見ていなかったし、広告の「こ」の字も知らなかったので、入ることは難しかったでしょう。

 転職を3回していますが、退職した次の日には次の会社にいるという感じで10年ちょいとやってきました。派遣時代を除いては、まあまあハードワークしてきたと思います。その間に1人暮らしを始めたり結婚したり、ほんで今は休職したりと、いろいろあるなあと改めて思います。休んでみてやっぱり仕事好きかもって気づけたので、これはこれで必要な時間だったと思うことにしようと思います。

 

あー話ながっ。こんな誰の役にも立たなさそうな話にお付き合いしてくださった方、ありがとうございます。今からは前を向いて生きていこうと思います。

それではまた。